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大阪高等裁判所 昭和29年(う)1426号 判決 1954年11月27日

主文

本件控訴は、これを棄却する。

理由

本件控訴理由は末尾添付の控訴趣意書の通りである。

第一点について、

弁護人は、被告人は原審公判で本件は無尽業及び相互銀行の業務を営んだものではなく、品物を販売したものであると主張し、証人田口信良及び平松千賀の喚問を申請したのである。

右証人は本件において被告人の有罪無罪を決する重要な証拠である。

右証人を採用しなかつた原審は審理不尽であると主張する。

しかして、原審第四回公判調書によると原審弁護人から本件会社の営業方針に金を貸すという方針がなかつた事実を立証するために証人田口信良を、また本件会社から契約通り品物を受取つた事実を立証するために証人平松千賀を申請したが、いずれも却下されたことが明らかである。

思うに、当事者主義の訴訟構造の下においては、当事者の訴訟追行権を十分に尊重しなければならないことは当然であるから、当事者の請求する証拠調を裁判所が自由裁量によつて却下するには、合理的な理由がなければならない。検察官側の証拠によつて既に有罪の心証を得たからといつて、弁護人側の反証を不必要なものと却下するようなことは、予断による裁量であつて、決して合理的な自由裁量とはいえない。すなわち、争ある事実に対して、一方の当事者の請求した証拠だけを取調べて結論を下すことは、合理的な判断とはいえないのが原則である。ただしかし、相当数の証拠を取調べた結果、それ等の中には争ある事実を肯定するものでもあり、争ある事実を否定するものもあり、裁判所はその双方の信用力を十分に斟酌した上、どちらかの心証を得た場合においてはそれぞれ以上申出でられた他の証拠を取調べてみても、その心証の覆らないことについて客観的に相当な理由があるならば、更に同等の証拠を取調べる必要がないものと解すべきである。本件の争点は、被告人の経営していた東洋文化セールズ社の事業であるのか、或は原判決の認定するように物品割賦販売業であるのか、或は原判決の認定するように物品割賦販売業を仮装した相互銀行業務であるかの点であつて、この争点について原審では証人山口政幸外六名の証人が尋問せられている。それらの証人の地位は、本件東洋文化セールズ社の財務部長、社員、外交員、勧誘員、契約加入者なのであるが、その中に被告人の弁解するような事実を述べているものもあるけれども、その大部分は「加入者が品物を買つたことはない」とか「加入者は契約するときに、どういう品物を希望するかを特定するようなことはなかつた」とか「加入者の大方の人は金を希望していた」とか「日掛に加入して貰いたい、金が必要なときには貸すし、また満期には利息をつけて返すといつて勧誘された」とか「妻が三万円貸して貰いたいという申込書を書いて会社に持つて行つたことがある」とか述べているのである。原審としては、これらの供述と、押収にかかる営業案内(証第一号)の存在及びその内容などを綜合した上で、被告人の弁解をしりぞけて原判決のような心証を得たものと認められる。これに対して、論旨に述べている様な証人二名を弁護人から申請したのであるが、それ等の証人の地位(加入者など)及び立証趣旨から考えて、右の心証を覆すに足るほどの優越な証明力を提供するものとは到底認められない。かような事情のもとにおいては、その必要なしとして証拠調の請求を却下しても審理不尽とはいえないのである。

論旨は理由がない。

第二点について≪省略≫

(裁判長判事 斉藤朔郎 判事 松本圭三 網田覚一)

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